Wednesday, December 8, 2010

奈良の木造建築に触れて


2010年11月14日、IFSA-Kyotoのメンバーで奈良を訪れ、伝統的な木造建築を巡りました。
今回は東京芸術大学から矢野健一郎先生をお招きして、奈良の建築について解説していただきました。普
段は建築について勉強することがすくないので、先生のお話はとても興味深いものとなりました。

見学の様子を少し紹介したいと思います。
まず訪れたのは興福寺の中金堂です。
現在復元中で建築の様子を見ることができます。国内では巨大な柱が手に入らないため、ケニアから輸入したアフリカケヤキを再建に利用しているそうです。
次に東大寺南大門です。
仁王像で有名な南大門ですが、建築的にも面白いんです。少ない材料で、強い構造を実現
しており、当時の中国(宋)の技術が用いられています。ちなみに仁王像はひのきを何本か組み合わせることで作られているそうです。
そして、次に東大寺の大仏殿を訪れました。
さすが世界最大の木造建築とあって大きさには圧倒されました。大仏殿には強度の面で優れるヒノキが使われており、スギは利用していない。昔の人がそれぞれの木の性質を理解しており、目的に応じて利用する木材を変える知恵を持っていたのだと感心しました。
中に入り大仏様とご対面。
柱にある鼻の穴の話は結構有名ですが、実はこれには厄除けの意味があるそうです。鬼門である方角の柱を未完成にすることで災難を避けているそうです。

その後、三月堂と二月堂と周り、春日大社を訪れました。他のお寺とは違う神社の建築を見ることができました。
この写真は春日大社近くのご神木をとったのですが、このように木や山を神様として大切にする文化は日本独自なんです。自然に敬意を払う、大切にしなくてはいけない文化だと感じました。

春日大社を離れた後、矢野先生とお別れをし、最後に先生にいただいたチケットで、興福寺の五重塔などを拝観しました。

今回の研修では、紅葉をみたり鹿と遊んだりと楽しく、また奈良の建築について、矢野先生に詳しい解説をしていただきとても勉強になりました。


矢野先生、本当にありがとうございました。

伊藤拓也

Saturday, December 4, 2010

COP10に参加して

COP10に参加して   石井 勝之

私は2010/10/18~10/29の間、IFSAを通してCOP10に参加しました。
これから、私がCOP10参加を通して思ったこと、感じたことを記していきます。しかし、COP10の会議の結果概要については、環境省のウェブサイトに掲載されているため、僕の文章では体系的に触れません。そちらを見ていただきたいと思います。あくまでも一学生の感想としてお読みください。
(参考)環境省のウェブサイトURL:http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=13104

それでは、はじまりはじまり。




COP10では、本会議、Side-event、生物多様性交流フェア、Excursion tourなど、様々なイベントを見学した。

以下でそれぞれについて報告および感想を記す。

◆本会議

 本会議では、生物多様性条約の条文について各国代表および国際機関代表が一堂に会して議論していた。これからの生物多様性に関する国際的な取り決め・活動方針を立てるためにはここまで大規模な議論をしていることに驚いた。しかし、個人的には政治の話よりも科学の話のほうが好きだったので、本会議ではその雰囲気を覗き見る程度で深入りはしていない。




◆Side-event
 
 私はCOP10期間中、本会議よりもSide-eventを多く聴講していた。条文作成のための本会議に対し、Side-eventは締約国、各種団体の取組の紹介及び情報共有・意見交換の場として生物多様性条約事務局が主催するセッション形式のイベントである。したがって、Side eventを聴講することによって、様々な団体の活動や主張に触れることができた。生物多様性問題は、科学・政治・NPO・NGO・教育・企業・市民・学生などなど、様々な主体が関わっており、それぞれが各々の立場から、問題解決に向けて取り組んでいることを理解した。生物多様性問題は科学の領域のみに閉じるのではなく、複合的な問題なのだと実感した。しかも、多様な主体が連携することの重要性は、殆どの団体において認識されているようであった。

 これだけ生物多様性に対する意識があるのならば、問題は解決できてしまうのではないかと思ってしまうが、話を聞いている限り、理想的な解決策はとてもよく論じられているが、実際に問題が解決するのはまだまだ先のことだと思われる。政治的な問題は詳しくないが、僕の最も関心のある科学に関しては、将来問題解決に向けて何かしら取り組みたいと思った。かつ、視野を広げ様々な価値観を知り、他の様々な主体と連携していこうと思った。

 さて、Side-eventでは、政治的な内容が多かった。僕は科学には一般の学生よりはなじみ深いが、政治に関しては素人だったため、新鮮であった。しかし、政治の話は、数値目標や資金、これからの取り組みについてなど、「目標」の設定に焦点が当てられていることが多く、本当に実現可能なのだろうかと思った。
 
 対して、研究者の話は、「モニタリングの集中している地域と実際に生物多様性が急速に減りつつある地域はずれている。」「将来予測のための操作実験は、自然環境に即した形で行われなければ、得られた結果を自然界に反映できない。」「海洋保護区を設定するときは、産卵場所、稚魚の生育場所、回遊魚の回遊ルートなどを調べて、保護区間のネットワークを考慮しなければならない。」などといった意見があった。僕は、このような、政策をより効果的にし、かつ実行力を高められるような提言を科学の立場で将来行いたいと思った。

 いずれにせよ、多様な主体の存在を間近に感じ、様々な主張を拝聴できたことはためになった。

◆生物多様性交流フェア
 
 これは、COP10会場に隣接する白鳥地区で開催された、生物多様性をテーマにした国際的な発表、展示会であった。国内外の政府や自治体、国際機関、NGO、NPO、企業、学術機関、学生団体など、200を超える多岐にわたる出展者がブースを出展し、生物多様性に関する課題や取り組み、アイデアなどを発信していた。

 一番面白かったのは、JAMSTECのブースで、Census of Marine Lifeの展示を見て、まだまだ海洋にはわからないことがたくさんあることを知った。また、研究員の方に直に話をうかがうことができ、海洋調査研究の最新の情報をいろいろ聞くことができた。ほかにも、環境省などの国の機関、都道府県・市町村、大学、自然保護活動団体などなど挙げればきりがないが、多様な主体の活動、主張を直に聞くことができた。

 将来研究者となったとしたら、研究成果を社会に還元するためにこうした多様な主体と連携していければいいなと思った。あるいは、研究者として生きるのではなく、アウトリーチとして生きるのもおもしろいかもしれないと思った。生物多様性フェアで学んだものはあまりにも多様で、僕の価値観をたくさんの方向に拡げてくれた。

◆Excursion tour
 
 23日、24日に、中部地方各県の自然や歴史・文化を紹介するエクスカーション(※1)が実施された。私はインドネシアのIFSAメンバーたちとともに、1泊2日で三重県伊勢志摩エクスカーションツアーに参加した。ツアーでは、アマモ場と干潟の生き物観察、伊勢神宮の境内・宮域林の見学、合歓(ねむ)の郷の里山散策と夕日鑑賞、志摩氏の里海についての説明、志摩自然学校でのシーカヤック体験、海女さんと囲炉裏端交流をした。
 まず、アマモ場と干潟の生き物観察では、地元の方が投網で魚の稚魚を取って見せていただいた。2回の投網に対し、20種類くらいの稚魚が捕獲された。中でも、アマモに擬態しているヨウジウオは奇妙だった。
ホテルのバイキングで昼食をご馳走になった後は、伊勢神宮の境内・宮域林の見学である。内宮の参道に立つ大きな鉾杉は圧倒的だった。
そして、バスで合歓の郷へ。里山はのどかな雰囲気に包まれており、私を日常の喧騒から解き放ってくれた。見渡す限りに続く、人間と自然の調和が具現化された里山の世界に溶け込んで、私は忘れかけていた少年の心を取り戻した。そして、夕日鑑賞のため海岸へ。海辺から眺めた青みがかった深い紅色の夕焼け空は私の心に切なく焼き付いている。水切り(石を回転させて海に向かって投げて、跳ねさせる遊び)をして皆の注目を浴びた。
そしてホテルのディナーへ。最高級のおもてなしだった。食事はとても豪華だった。また、伝統的な謡の披露や餅つきが行われた。伊勢志摩の伝統芸能に触れ、海の幸を楽しみながら、会場の人々は皆、身分や国籍に関係なく、ひとときの休暇を満喫していた。
そして翌日、横山ビジターセンターへ。展望台まで行き、そこで伊勢神宮宮内志摩市における里海の創生の取り組みについてのレクチャーを聴いた。話はとても興味深かった。
【要約】
志摩市では、水産業だけでなく、観光や環境学習などさまざまな形で利用される「新しい里海」の創生に取り組んでいる。目標は、人と海とが積極的にかかわり合いながら高い生産性と生物多様性を保つ「里海」の創生である。そのために、過去の環境汚染に対して水質浄化や排水規制を行うだけでなく、沿岸域を統合的に管理することを目指している。また、地域住民・土地の所有者・地方公共団体・専門家・行政機関・NPO・NGOなど、多様な主体がコミニュケーションをとりつつ、各自の特徴を生かして目標達成のために様々な活動に取り組んでいる。
確かに、人々が海に親しみ、海からの恩恵を身をもって理解し、「海を大事にしよう!」と心から思えるようになってこそ、目標とする「里海」の創生が実現味を帯びてくる。私は、将来海洋生態学を研究しようと思っているのだが、研究者が社会に貢献し、地域活性化の原動力となっている姿を知ることができて感動した。私もゆくゆくは研究成果を多くの人に役立てるように応用したいと思った。
レクチャーの後は志摩自然学校に移動し、シーカヤックを体験させていただいた。IFSAIndonesiaメンバーのウルファとペアーだった。2人で力を合わせて漕ぐのははじめはなかなか難しかったが、最後のほうになるとようやく息がピッタリと合うようになってきた。海を航行中、カキ養殖の筏を間近で見た。豊かな海の恵みのルーツに触れた。
そして、最後に昼食兼海女さんとの懇親会。伊勢えび、ホタテ、などの炉端焼きをご馳走になった。海女さんは昔と今の海の違いや、海女の歴史について話してくださった。自分は海女さんとIFSAIndonesiaメンバーの間で通訳業も行った。海女さんの心からのおもてなしに、人間のぬくもりをひしひしと感じた。
食事後、バスで名古屋へ戻る。1泊2日の短いツアーだったが、三重の自然や里について広く、そして深く学ぶことができた。夜7時半に名古屋到着・解散後、IFSAKyotoメンバーとIFSAIndonesiaメンバーで名古屋駅のマグロ料理店で懇親会を行った。

今回のツアーを通して、三重県における里山と里海の姿を実際に体験することで、心から理解できた。今後、機会があるごとに全国各地の里山・里海について学んでいきたい。こんなにも素晴らしいエクスカーションを実行していただいた、関係者の皆さま方には多大なる感謝を捧げます。10年20年後に出世したら、恩返しさせていただきたいと思います。


※1 エクスカーション:従来の見学会や説明を受けるタイプの視察とは異なり、訪れた場所で案内人の解説に耳を傾けながら参加者も意見を交わし、地域の自然や歴史、文化など、さまざまな学術的内容で専門家の解説を聞くと共に、参加者も現地での体験や議論を行い社会資本に対する理解を深めていく「体験型の見学会」のことである。


◆IFSA-Indonesiaの発表
 
 10/21にIFSA-Indonesiaのメンバーが、CEPA Fair(※2)のSide eventを開催した。小林・伊藤・石井・山下の4人がIFSA-Kyotoの代表として彼らの発表に耳を傾けた。

 彼らは、森林教育の問題点を明らかにし、教育・社会・資金・学術機関の連携を提案していた。また、国際的な学生同士の交流も重要だと述べていた。学生の目線から出された、社会のニーズをより反映した構想である。それでいて、きちんと資金のことや、他の主体との相対的な位置づけを考慮しており、優れた計画であったと思う。しかし、この計画を実行するには、上述の連携が成り立たなければならないため、時間が必要だろう。提言してから結果が出るまでに時間がかかることは、あらゆる政策に関して言えそうなことだが。
 
 とにかく、同世代の海外のIFSAメンバーの活躍を間近で見て、自分も負けてられない、頑張らないと!と思った。




↑ IFSA-Indonesia メンバーによるプレゼン【写真は後日Upload】

※2 CEPA Fair:カルタヘナ議定書・生物多様性条約の目的達成に資する情報交換、教育及び普及啓発における取組やその成功事例について、締約国及び各種団体が発表し合うために、生物多様性条約事務局が主催する成果物展示コーナー及びサイドイベントである。

◆総括

 思うに、まだ学部3回生の若造が、COP10に参加できたことは誠に幸運であったと思う。正直なところ、背景知識や英語力に欠けていたため、全てを十分に理解する事はできなかった。毎日毎日、シャワーを浴びるかのごとく、今まで知らなかった情報をたくさん得た。情報があまりにも多すぎて自分の中で十分整理することができず、COPの雰囲気を味わうので精一杯だった。

 それでも、COP10を通じて、科学以外にも多様な主体が生物多様性問題に、それぞれの立場から取り組んでいることを心の底から理解することができたのは、大きな収穫であった。繰り返しになるかもしれないが、多様な主体が連携して相乗効果を発揮することで、初めて問題の解決につながっていくのだろうということがしみじみと感じられた。将来は、自分の特性を生かしつつ、いろいろな人たちと協力して、持続可能な社会の実現に貢献できればいいなと思う。



終わり


※写真のUpload方法が分か分かり次第、載せます。
年明けまでお待ちください。

Friday, November 12, 2010

IFSS2010

2010/8/7~8/21にかけて、IFSA Kyotoの中から伊藤拓也と山下貴之が韓国で開かれたIFSS2010に参加しました。IFSSはIFSAの真骨頂といえる会合です。


1日目は韓国への移動に1日を費やしました。インチョン空港では韓国のスタッフが出迎えてくださり、最初の宿舎へと案内してくれました。宿舎に到着するなり私は英語に包まれました。初めての海外渡航に胸が高鳴ってばかりの1日でした。


2日目は韓国博物館の見学。韓国の歩んできた歴史を様々な展示物を見ながら学ぶことができました。夜にはお酒を飲み交わしながら、韓国の土地で皆が集まることができたということを祝いました。あっという間にIFSAの仲間入り!!


3日目。午前中のオフィシャルパーティーにてIFSSの目標を再確認。その後、韓国森林調査施設に出向いての現地研修。韓国と日本の森林はそれほど際立っては違いが分かりませんでした・・・。


4日目。この日はあいにくの雨。楽しみにしていたハイキングが中止に・・・。でも、その分参加者の学生とたくさんお話ができました。夜はインターナショナルナイトが催され、各国の食べ物を出し合ったり、各国の遊びや、ダンスを披露したりして遅くまで盛り上がりました。楽しかった!!


5日目。ソウル大学演習林を訪問しました。敷地内にはロックガーデンもあり、美しい景色に目を奪われながら、時間があっという間に過ぎて行きました。


6日目。この日のメインイベントは海水浴。海の向こうの日本を思い描きながら、ひたすら泳ぎ、遊びました。


7日目。ほとんどを会議と講義で費やしました。英語を聞きとるのはやはり難しく、内容をほとんど理解できないことが大半・・・。


8日目。観光の1日。製紙工場を見学した後、マスク博物館へ。韓国の伝統的な仮面を始め、各国の仮面を見て回りました。


 9日目に入り、疲れがたまってきたせいか、移動中のバスの中ではほとんどの学生が熟睡。会議の後、屋外にて韓国の伝統的な踊りと、楽器のパフォーマンスを見させてもらいました。日本の音色とはやはり違っていました。
 

 10日目。いよいよプレゼンテーション。初めての英語でのプレゼンテーションで緊張しましたが、何とかやり遂げました。さらに、他国の学生のプレゼンテーションを通して各国が森林をどのような角度でとらえているかを学びました。


 11日目。この日はとても体力的にハードな1日でした。午前中は登山を行い、午後からはラフティングをしました。体を動かし、汗を流しながら交流を深めました。
 

 12日目。IFSS最後の会議が行われました。新旧役員の交代が行われ、IFSAの新年度への準備が整いました。


 13日目。北朝鮮との境界線、北緯38度線の近くまで行きました。少し緊迫した情勢であったのでピリピリしていました。


 14日目。いよいよ最終日。家族や友人へのお土産を買い、夜にはこのイベントを振り返り、別れを惜しみました。

 IFSSに初めて参加させてもらい、貴重な経験をさせてもらいました。開催国であった韓国の文化を学ぶことはもちろん、様々な国の学生との交流もできました。森林をテーマに広がるIFSAのさらなる飛躍を期待しつつ、IFSA Kyotoの展開も考えさせられる2週間でした。

(Takayuki)

Sunday, June 20, 2010

6月18日19日川上村合宿

6月18日~19日、奈良県吉野郡川上村へ合宿へ行きました。
京都から4時間、1回生から3回生まで19人でのレンタカー三台の旅です。

山道を進むにつれ、スギの林が一面に広がっていき、トンネルをぬけると、そこは川上村。


3Dシアターで川上村での林業の歴史や吉野林業の特徴、制度の変遷や施業の様子などを学んだ後、資料館内の展示を見学しました。


他の有名な林業地の杉と年輪の幅や形を比較する展示や、施業の様子を人形で展示してあったり、
昔つかわれていた道具類の展示など、見ておもしろい展示がもりだくさん。
どれだけ手間をかけて育てて車の窓からみられた美しいスギの林がつくられてきたのか、守ってこられたのかを考えさせられました。

一通り展示を見学した後、川上村村役場の森口さんに川上村の歴史や村有林、現在の川上村の取り組みに関するお話を聞かせていただきました。
若年層の流出と高齢化の中で、林業に対する再認識や自然を生かした観光進める方針であること、
また「歴史の証人下多古村有林」や「水源地の森」を買い取り、維持管理・保全しているそうです。

その後「森と水の源流館」へ移動します。
シアタールームに入ると、そこは森の中。

トチノキやシオジ、ツガ、トガサワラといった水源地の森に生えている木がみられます。

照明を落とすと、ミソサザイやホトトギスといった鳥のさえずりが聞こえ、
川のせせらぎと年間2500mlも降るという雨の音。

森から振り返ると、3面に大きなスクリーンに水源の森の四季の映像が流れ、
座ったまま森の中に吸い込まれていったような気分に浸ります。

水源地の森は、かつて川上村で原生的な天然林を個人の所有者が大規模に
パルプ材にするために皆伐を行ったという出来事があり、
そのようなことを繰り返さないために村が買い取り、保全していくことを決めたのだそうです。

吉野林業のために長年培ってきた「技」が今、消えつつある。
こちらで展示されている木に登るロープの技術、いかだの技術、木挽きで巨木を切る技術・・・
時代が流れている中でそういった技術を持つ人々の人数が減り、高齢化が進む。
それをどうやって残すことが出来るか、「林業」に投資をしていくことができるのかが課題だ、と案内役の方がおっしゃっていました。


雨で村有林の見学が出来なかったため、村内でも古い人工林(250ー280年生)まで案内していただきました。

時代を越えて川上村に残った杉のまっすぐ伸びる、その大きさに、ここまで手入れを続けてきた人々の営みに、なんだか言葉では表せないような感動を覚えました。

さらに二まわりも大きいという村有林はどんなんなんだろう。次回に期待。


夕食は展望レストランで霧かかった山を見ながらボリューム満点の晩ごはんを食べ、
「匠のむら」コテージにチェックインした後、「ホテル杉の湯」の温泉へ。
露天風呂がきもちいい。女風呂はコウヤマキの使われたお風呂でした。
すっきり汗を流して、コテージへ帰ります。
制作したTシャツもお披露目。


二日目の朝は家具や木工品などの展示・販売を行う「吉野杉工房」へ見学に行きました。
展示ルームでは巨木の一枚板の値段にびっくり!したり、ほっとする触り心地の無垢の木の机や椅子にうっとりしたり。

土曜日で急遽申し込んだ見学だったために、工房には一人しか職人さんが
いらっしゃいませんでしたが、機械の一つ一つや木工の行程について詳しく解説していただき、
木の良さ、温かさと職人の厳しさとやりがいを優しく、でも熱く語っていただきました。



次に向かったのは「蜻蛉の滝」
近づくとすーっと涼しく、打ち付ける力強い大きな音と、青い森の中にある真っ白な水の柱に
圧倒されてしまいそうな存在感。

前日の大雨のおかげか、一段と迫力が増しているようでした。
上から滝を見降ろすとかすかにかかる虹がかかっていました。

今回の合宿は、村役場のご協力もあり、吉野林業や日本の林業について多くのことを
学ぶことが出来ました。新しいメンバーとも交流を深める機会になったのではないでしょうか。
参加者にとってARMのプラン作成だけでなく、今後森林科学を学んでいくために意義のあるイベントであったらよいなと思います。


吉野林業の英雄・土倉庄三郎像前で集合写真

(Akaya)

Monday, May 24, 2010

5月8日 大徳寺と糺の森

2010年5月8日(土)
ARMの下見として、大徳寺と下賀茂神社&糺の森に行って参りました☆
晴れてて少し暑いくらいの、気持ちいい五月晴れでした♪
memberは、あかや IT みなとちゃん 山下くん 横山くん そうちゃん 高田くん ゆうたろう まきろん です。

11時に北大路川端集合。がっ;上回生のくせして遅刻してすんません。。
ちゃりんこで大徳寺へ向かう。
大徳寺に入ってすぐくらいに、大きな木がありました。イブキというそうです。
樹齢推定350年位。イブキは元々長命な木だけど、これほどおおきくなるのは珍しいと書かれてあります。



その後、高桐院に入りました。
高桐院は北山杉を利用した最も由緒ある寺社のひとつです。


御覧の通り、表門を潜ると独特の空間が開けています。参道の左右には青々とした竹が生い茂り、また苔も足元一面に敷かれている中、石畳を本堂(客殿)まで進みます。
高桐院は細川幽斎公の長子忠興三斎公により慶長六年(1601)に建立された大徳寺塔頭の一であります。
細川忠興公は戦国時代を生きた武将であるとともに、茶道の奥義を究め、歌道をたしなみ、その道に秀でた文化人でもありました。そのため高桐院には茶室や茶道に関係する書院があり、本堂北にある書院「意北軒」は利休の邸宅(利休の聚楽屋敷の広間)を移築したものと言われています。


細川忠興三斎公作の茶室「松向軒」

高桐院はお茶も希望すれば頂けるということなので、外国の方をお招きするときに訪れると喜んでもらえるのではないでしょうか(*^_^*)?


本堂から庭園を望みつつまったり可愛い後輩ちゃんと語り合う♡

こんな所で外国の方と共にお茶を頂くと日本の文化を味わってもらえるんじゃないかなと思いました。(竹についても語れる‥?)

お昼を食べてから下賀茂神社&糺の森へgo



糺の森は、ムクノキ、エノキ、ケヤキなど落葉広葉樹がのこる珍しい原生的な自然の残る場所として知られています。
ここで樹木調査しつつ話つつ。紅葉の新緑がすごく綺麗だったのを覚えています☆
縁結びの神様にお参りするのに、微妙に時間がかかってる人がいたのは何でやろう‥?
こんな感じで?(笑)最後に下賀茂神社にお参りして帰りました。

以上です。

Friday, April 16, 2010

IFSA ARM@Taiwan!

先月2月27日~3月4日まで台湾で行われたアジアで初めての地域会議にいってきました。主催は台湾国立大学のNTUFSAです。
今回はバスに乗り込み台湾のあらゆる植生を見ながらの盛りだくさんのプログラムが組まれていました。

1日目、硫黄のにおいが立ち込める火山帯、陽明山国立公園

火山帯の土壌は養分が多く、日本統治時代はこの地で稲作もおこなわれていたと言います。
その頃地元の人たちは硫黄噴出口の出方で天気を読むことが出来たんだとか!

2日目、台湾ヒノキの施業の今がみられる、棲蘭山

日本統治時代に植栽された人工林を天然更新に移行させるための施業地の見学を行った後、台湾ヒノキの原生林を見学しました。霧につつまれ、苔に覆われた森は静かで神秘的な空気が流れています。

3日目、広大な海と渓流、崖に滝!多様な生物が住む太魯閣国家公園

9万2000haもの面積のこの公園には、大理石が侵食されてできた渓谷や、酸性度によって色が変わる川など美しい自然が見られました。

4日目、台湾百名山の一つ、合歓山


海抜3400mは台湾での森林限界に近く、ハイマツのような木や矢竹が覆う植生が見られました。
ピークに車でのバスの中からは広葉樹林、針広混交林、針葉樹林と変化していく植生を観察することが
できました。

5日目、日本の杉もみられる台湾最大のエコパーク、渓頭演習林・自然教育エリア

現在全森林の3%の面積をも占める、日本の杉の植林はこの渓頭の地から始まりました。標高が高かったため、植えた後数年は非常に成長が良かったそうです。
ところがどっこい、実際試しに材として切ってみると、成長の良すぎた杉の中身はスカスカ。建築材として全く用を為さず、とうとう台湾では日本の杉が大活躍する日は来ることのないまま、20年ほど前に木材伐採が一切禁止になったのだそうです。今は施業以外で木材が出されることはありません。

ARM2010の様子がムービーになったものがYoutubeでも公開されています。


さて、この会議中、私たち京都大学委員会が次回アジア会議の主催となることが正式に決定しました!
台湾の自然を贅沢に楽しみ、たくさんの人との出会いがあり、笑いあり涙あり、おいしい台湾料理をたくさん食べ、もちろんたくさん学んで、あっという間の一週間でした。
来年、私たちも日本の誇る豊かな森や美しい山を見てイイナ!と思ってもらえるような、まっけないくらいの第二回会議を作り上げていきたいなと心に誓いました。
(Akaya)

Thursday, March 11, 2010

ARM下見@奈良

どうも、ブログ催促係になったまきろんです☆
催促係になったからには、まず自分やろとゆうことで。

2010/2/22(月)、ARMの下見として奈良をりょうすけくんの車でまわりました。運転手してくれてありがとう♪
メンバーはりょうすけ、はっち、あかや(東大寺より)、まきろん。

11時頃に奈良駅集合☆
お天気も非常によく、ぽかぽかお昼寝日和だったのでのほほ~んと法隆寺に向かいました。
はっちと「寝ようか~」と話してたら、りょうすけも「寝よっか~」と言っておられました笑
12時前頃法隆寺に到着☆
法隆寺は1時間くらいでまわるつもりだったのに、3人とも興味津々で職員の方の説明に聞き入っていたので3時間半くらいじっくり見てまわりました。
五重塔のてっぺんには、当時の人が雷を非常に恐れて守りとした鉄製大きなのカマ(140cmだったかな‥)が据えられています。最下層には、東面は維摩居士と文殊菩薩の問答、北面は釈尊の入滅、西面は釈尊遺骨(舎利)の分割、南面は弥勒菩薩の説法が表現されています。
金堂の扉は格子になっているのですが、この製法は木を真っ直ぐ切断する技術が発達していなかった当時にあってはとても難しい技術を駆使して作られたものと言えます。
中門の柱はエンタシスという、柱の中央部がほんの少し膨らんだ作りになっています。この作りは大きな門を支える強度に優れているのだそうです。一本の柱は一本の木を4等分して作られており、建立当時、日本にこのような大きな木がたくさんあったことが窺えます。現在はそのような木はあまり無い為、修復時には東南アジアなどの外材を充てるのだそうです。
大宝蔵院には観音様や如来様などの有り難~い像がたくさん安置されています。
その中でも、百済観音に惹かれました。百済観音が水瓶(すいびょう)を左手にお持ちになっているのを何故かと職員の方にお尋ねしたころ、次のような説明がありました。「水で清める意味がある。水瓶が少し傾いているでしょ?あれは観音様が人々を救おうと一歩歩み出そうとしておられるから。」
じーーーん‥(゜゜)感動しました。飛鳥時代の百済観音は足が揃っているけど以降は片足が一歩踏み出しているそうです。
玉虫厨子(飛鳥時代)は玉虫の羽を貼り合わせて豪華であったそうですが、今ではほぼ全て剥がれてしまっていて当時の輝きを見ることは出来ません。しかし、職員の方が教えて下さいました!「あそこに1つだけ残ってるよ」またまた感動でした。
かの有名な十七条の憲法も展示されてありました。和以貴為‥だけ読めた!
この日は丁度、法隆寺を建立した聖徳太子の命日だと聞いて3人でしみじみ運命を感じました。

15:30時間も押してあかやを待たせていたので急いで奈良駅へ。
16時東大寺に到着☆
大仏殿の閉門は16:30だけど一旦入ったら追い出したりしないよ。というおじさんの言葉を無邪気に信じ、4人中へ。
大仏を拝もうとしたら早速扉を閉められそうになったので、急いで入って薄暗い中拝みました笑
大仏さんっておっきいね!りょうすけが、くぐったら頭が良くなるという穴を幼稚園児達に続いてくぐってました笑
閉めるから出るようにと職員に急かされ、外へ。ゆっくり見たかったという感想でした。
ARMで利用する候補の店でご飯を食べようと歩いて行ったが、大仏殿閉門に合わせて閉店。
来た道をひたすら歩いて帰り、安くて量の多い店で夕飯を食べて解散しました♪
昼ご飯お預けやったから、皆集中してがっついてたな~